東京地方裁判所 昭和46年(ヨ)1626号 決定 1971年5月10日
東京都三鷹市大沢三丁目一〇番三〇号
東京神学大学寮内
債権者 甲野一郎
右同所
同 乙野二郎
右訴訟代理人弁護士 宮原守男
同 山川洋一郎
同 西垣道夫
東京都渋谷区渋谷四丁目四番二五号
債務者 学校法人青山学院
右代表者理事長 真鍋頼一
右訴訟代理人弁護士 高梨好雄
同 高井伸夫
同 坂本吉勝
同 本多彰治郎
同 川下宏海
主文
債権者らの申請をいずれも却下する。
訴訟費用は債権者らの負担とする。
理由
一、債権者らは、「債権者らが債務者の設置する青山学院大学文学部神学科三年次への編入学資格を有する地位を仮に定める。」との裁判を求め、債務者は、主文同旨の裁判を求めた。
二、審理の結果によれば、つぎの事実がうかがわれる。
1 債権者らはいずれも東京神学大学に在籍して神学を専攻していたものであり、債務者は、私立学校法によって認可された学校法人であって、青山学院大学のほか、幼稚園、初等、中等、高等の各部および女子短期大学を設置しているものである。
2 債務者は、昭和四六年二月、青山学院大学文学部において一九七一年度の編入試験を実施した。右編入試験に際しては、文学部教授会によって、「短大卒業者又は卒業見込者」、「地方大学在学者で特別の事情のある者」を受験資格者とする試験要項が予め定められていたが、東京都内の四年制大学である東京神学大学に在籍する債権者ら二名を含む六名の学生が神学科への編入を希望して受験申込みをしたため、債務者内部においてその取扱いが問題となった。
この点について、文学部長野呂芳男および学長早川保昌は、受験資格に関しては慣行上特例が認められており、かつ編入学の問題は教授会の議決事項であるとして、文学部教授会の追認を条件に債権者らの受験申込みを受理させたうえ、受験に対して反対の態度を表明する院長大木金次郎および理事長真鍋頼一の文書による警告を無視して同月二二日に施行された筆記試験および面接試験を受験させた。
3 これに対して、債務者は、同月二四日定例理事会を開催し、院長らの右警告の措置を了承するとともに、改めてその旨を文学部長に伝えたが、文学部教授会は、同月二六日債権者らの受験に関する前記取扱いの追認とあわせて、試験の結果をもとに債権者ら両名の編入学を認める旨の議決をし、学長を経てこれを院長に報告した。しかし、院長は、債権者らには受験資格は認められないとして大学規定二一条四号但書により編入学の承認を拒否した。
4 そのため、債務者は、同月二七日、文学部神学科については合格者なしとの発表をおこなった。
三、当裁判所の判断はつぎのとおりである。
1 私立大学における学生と大学との間の法律関係は、私法上の在学契約関係として、その内容についてはもとより、契約の発生事由たる入学の要件、手続についても、大学が定める学則その他の諸規則によって包括的な規律が認められるという意味でいわゆる附合契約としての性質をもつと解される。それゆえ、規律の根拠となるのは、入学案内、試験要項などに記載されてあらかじめ学生、学験者に知らされているものには限定されないということができる。
2 かような見地にもとづいて、本件で問題となっている編入学に関する債務者所定の規則をみるに、青山学院大学学則三三条は、「他の大学にもしくは他の大学より転入学を希望する学生があるとき、正当な理由があると認めた場合には転学を許可する。」と定め、同大学規定二一条四号は教授会の協議議決事項として、「入退学、転学、休学及び卒業に関する事項。但し、入学者及び卒業者の決定に関しては院長の承認を得なければならない。」と定めている。
これらの規定によれば、青山学院大学においては、編入学(学則三三条にいう転入学とは同意義であると解される。)の要件として正当な理由の存在することが必要とされているうえ、その決定手続は、教授会の協議議決と院長の承認の二段階から成っていることがあきらかである。このことは、院長の承認は編入学の有効要件であってこれがないかぎり編入学の効力すなわち在学契約関係は発生しないこと、そして院長が編入学について承認するか否かを決めるについては教授会とは独自の立場で編入学の要件たる正当理由の有無を審査することができることを意味するものと解される。それゆえ、受験者に交付された試験要項に院長の承認に関する記載がないからといって、院長の承認を有効要件とする編入学決定手続を違法視して教授会の協議議決のみによって編入学の効力が生ずるものということができないのはもとより、教授会がたとえば編入試験の結果をもとにいったん編入学者を協議議決した以上、院長は正当事由がないかぎりこれらの編入学の承認を拒否しえないというような制約を課することもできないというべきである。
3 この点に関連して、債権者らは、院長が債権者らの編入学の承認を拒否したのは、債権者らが紛争中の大学に在籍することのみを唯一の理由としたもので、憲法一四条に違反し無効であるから、債務者は教授会の協議議決にもとづき編入学の許可すなわち在学契約の締結を強制されるという趣旨の主張をしている。しかしながら、教授会による編入学の協議議決に対して院長が承認を与えるか否かは、本来、編入学決定手続における債務者内部の問題であって、たとえ教授会の協議議決が有効になされたとしても、編入学の志願者にすぎない債権者らが編入学決定手続の一段階たる教授会の協議議決を根拠にして、院長の承認を要求し、あるいは債権者に対して直接に編入学の許可すなわち在学契約の締結を要求しうる法律上の権能があるといえるかはかなり疑問であるといわざるをえない。のみならず、本件で院長が債権者らの編入学の承認を拒否したのは、その在籍する東京神学大学が紛争中であることと全く無縁であるとはいえないであろうが、青山学院大学では昭和三一年以来東京都内の四年制大学の在学生には編入試験の受験資格を認めない取扱いをして来ており、このことは債務者においても慣行として容認して来たものとみられるところ、文学部教授会が理事会の意思に反してこの取扱いの変更を決めたことに起因するものということができるから、債権者らが紛争中の大学の在籍者であることのみを唯一の理由にしたものとはとうていいえない。したがって、債権者らの右主張は採用のぎりでない。
もっとも、受験資格の問題は、大学規定二一条四号により直接的には教授会の協議議決事項であることがうかがわれるが、私立大学の場合には、教授会といえどもみずからの属する大学の設置者である学校法人の意思に反した決定はなしえず、両者の間に食い違いが生じたときは後者の決定が優先すべきことは当然ということができるから、本件において、院長が債務者理事会の決定にもとづき、教授会が認めた債権者らの受験資格の特例を否定したからといって、これを違法とすることはできないというべきである(むしろ、教授会による編入学の協議議決こそ受験資格の認定を誤まったものとしてその効力には疑問が存するといえる。)。
ほかに、債権者らと債務者間の在学契約の発生を認めうべき事情は存しない。
4 よって、本件では被保全権利の疎明がないことがあきらかであり、保証によって疎明にかえるのも相当でないから債権者らの本件申請をいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 太田豊)